久米宏の妻・久米麗子は元モデルのスタイリスト!馴れ初めは共通の演劇が縁だった

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2026年1月1日、国民的キャスター・久米宏さんが肺がんのため81歳でこの世を去りました。

妻の久米麗子さんが明かした最期のエピソードに、多くの人々が涙しています。

「大好きなサイダーを一気に飲んだあと、旅立ちました」──その言葉には、久米宏さんという表現者を57年間支え続けた妻の深い愛情が込められているのを感じます。

華やかなテレビの世界で輝き続けた久米宏さんの背後には、プロのスタイリストとして、そして人生のパートナーとして寄り添い続けた久米麗子さんの存在がありました。

では、久米宏さんを最期まで支え続けた久米麗子さんとは、いったいどのような女性なのでしょうか?妻の経歴や夫婦の絆、そして最愛の夫の最期との瞬間について詳しくご紹介します。

目次

久米宏の妻・久米麗子は元モデルで才能あふれるスタイリスト

妻・久米麗子さん 引用元:日刊スポーツ
プロフィール

氏名:久米麗子(くめれいこ)

生年月日:1945年生まれ(※2026年現在80歳)

出身地:兵庫県明石市

学歴:共立女子大学文芸学部卒業

HMV&BOOKS online – 久米麗子プロフィール

久米宏さんの妻である久米麗子さんは、単なる「キャスターの妻」ではありませんでした。

久米麗子さん自身、華やかな経歴を持つプロフェッショナルな人でした。

兵庫県出身、共立女子大学を卒業した才女

若い頃の久米麗子さん 引用元:Yahoo!オークション
若い頃の久米麗子さん 引用元:Yahoo!オークション

久米麗子さんは1945年、兵庫県明石市に生まれました。5歳から東京で育ち、1963年に共立女子大学文芸学部に入学。

大学時代には演劇活動にも打ち込み、そこで後に夫となる久米宏さんと運命的な出会いを果たすことになります。

1967年に共立女子大学を卒業した後は、マミフラワーデザインスクールで学び、講師としても活躍。20代の頃にはファッションモデルとしてテレビや服飾雑誌で華やかに活躍していました。

1966年にはポーラ化粧品のCMにも出演しており、美貌と才能を兼ね備えた女性だったことがうかがえます。

単にテレビ界の華やかな世界にいただけでなく、しっかりとした教養とキャリアを積み重ねてきた女性であることが伝わってきますよね。

スタイリスト会社「Kパック」を主宰する実力派

妻・久米麗子さん 引用元:dmenuニュース
妻・久米麗子さん 引用元:dmenuニュース

1985年からは、テレビ番組のパーソナリティーのスタイリングを専門とする株式会社「Kパック」を主宰。

久米麗子さんは、夫の久米宏さんだけでなく、多くのテレビ関係者のスタイリングを手がけるプロフェッショナルとして業界で高く評価されてきました。

彼女のスタイリストとしての腕前は、単なる「夫の衣装を選ぶ妻」という域を超えた本格的なものです。

日本経済新聞によると、「いまハマっているのは、私流エコクッキング」と語るなど、仕事だけでなく生活全般において創意工夫を楽しむ姿勢が印象的です。

いまハマっているのは、私流エコクッキング。ニンジンの皮や、ブロッコリーの茎、ピーマンのヘタの部分など、いままで捨ててしまっていたところを利用するんです。

日本食糧新聞

久米麗子さんは、夫の久米宏さんを影で支える「内助の功」の存在というだけでなく、自らのキャリアを確立し自立した女性でもあります。

久米宏と久米麗子の馴れ初めは演劇‼そこから57年の結婚生活

久米宏さんと久米麗子さんの出会いは、まるでドラマのような運命的なものでした。

大学時代の演劇活動が結んだ縁

引用元:X

二人が出会ったのは1960年代、大学時代の演劇活動を通じてでした。

久米宏さんは早稲田大学第一経済学部に在籍し、「劇団木霊」などで演劇活動に打ち込んでいました。

一方、久米麗子さんは共立女子大学文芸学部に在籍し、同じく演劇に情熱を注いでいたのです。

2人は演劇という共通のものから、やがて恋愛関係へと発展していき、そして1969年、二人は結婚。久米宏さんが25歳、久米麗子さんが24歳の時でした。

それから2026年1月1日に久米宏さんが亡くなるまでの57年間、二人は夫婦として歩み続けました。

共著『ミステリアスな結婚』で明かされた夫婦の素顔

久米宏夫妻の共著『ミステリアスな結婚』(世界文化社)
久米宏夫妻の共著『ミステリアスな結婚』(世界文化社)
引用元:講談社

2001年、久米夫妻は初めての共著となる『ミステリアスな結婚』(世界文化社)を出版しました。

この本では、馴れ初めから結婚生活、親の介護問題、そして夫婦の絆について、二人が率直に語っています。

プライベートをほとんど明かさなかった久米宏さんが、妻との対話形式でありのままの結婚生活を公開したこと自体が話題となりました。

この共著は、単なる有名人の私生活暴露本ではなく、長年連れ添った夫婦の等身大の姿を描いた誠実な作品として評価されました。

子供がいない理由と夫婦が選んだ人生

引用元:X

久米宏さんと久米麗子さんの間には子供がいません

その理由について、久米麗子さんは「子宮内膜症」や「子宮筋腫」により子宮摘出手術を受けたことを公表しています。

この事実について、久米夫妻は『ミステリアスな結婚』の中でも触れており、二人がそれを乗り越えて強固な夫婦の絆を築いてきたことが明かされています。

子供がいないという人生の選択…正確には状況を受け入れ、お互いを最高のパートナーとして尊重し合う生き方を選びました。

夫婦2人だけだから、そろそろお墓も考えなきゃ。自宅の近くに墓を建てたいと思っているんですよ」

日刊スポーツ

現代社会においても子供の有無で人生の価値が決まるわけではないという、重要なメッセージを投げかけられているような気がしますね。

久米宏の妻がニュースステーションの衣装を担当していた秘話

引用元:X

久米宏さんといえば、1985年から2004年まで18年半にわたって続いた伝説の報道番組『ニュースステーション』のキャスター姿が印象的です。

実は、あの洗練されたスーツ姿の裏には、妻である久米麗子さんのプロフェッショナルな仕事が関係していました。

ベストドレッサー賞受賞の影の功労者

引用元:X

久米宏さんは1987年、ベストドレッサー賞(スポーツ・芸能部門)を受賞しています。

この栄誉の裏には、妻である久米麗子さんのスタイリストとしての卓越した技術がありました。

Wikipediaによると、「番組の衣装選びは妻であるスタイリストの麗子が担当した」と記されています。

番組の衣装選びは妻であるスタイリストの麗子が担当した。1987年にはベストドレッサー賞(スポーツ・芸能部門)、2004年には日本メガネベストドレッサー賞(文化界部門)を受賞もした。

Wikipedia – 久米宏

毎晩放送される『ニュースステーション』において、久米宏さんが常に洗練された装いで視聴者の前に現れることができたのは、妻である久米麗子さんの献身的な仕事があってこそでした。

現場で奔走する努力家な一面

引用元:X

久米麗子さんのプロフェッショナルぶりは、衣装選びだけにとどまりませんでした。

重い荷物を運ぶために指輪が曲がってしまうほど現場で奔走していたというエピソードも残されています。

スタイリストとして華やかに見える仕事の裏には、こうした地道な努力と献身的な姿勢があります。

久米宏さんが国民的キャスターとして輝き続けることができたのは、こうした妻の見えない努力があってこそでした。

久米宏の妻が語った最期「大好きなサイダーを一気に飲んで」

引用元:X

そして2026年1月1日、久米宏さんは肺がんのため81歳でこの世を去りました。

その最期の瞬間を看取った久米麗子さんが明かしたエピソードは、多くの人々の心を打ちました。

ニュースステーション最終回を彷彿とさせる旅立ち

ニュースステーションの最終回での久米宏さん
引用元:X
ニュースステーションの最終回での久米宏さん
引用元:X

久米麗子さんは、夫の最期についてこう語っています。

TBSニュースDIGによると、久米麗子さんは次のようにコメントしました。

「久米は、最後まで”らしさ”を通したと思います。大好きなサイダーを一気に飲んだあと、旅立ちました。まるでニュースステーションの最終回でビールを飲みほしたあの時のように。自由な表現者として駆け抜けた人生でした」

TBS NEWS DIG

『ニュースステーション』の最終回で、久米宏さんがビールを一気に飲み干したあの印象的なシーンを引き合いに出し、夫が最期まで「らしさ」を貫いたことを称えました。

病に苦しむ姿ではなく、好物のサイダーを美味しく飲んで旅立った夫の姿を「自由な表現者として駆け抜けた人生」と表現する久米麗子さんの言葉には、深い愛情と敬意が込められています。

57年間の絆が生んだ最高の別れ

久米麗子さんが夫の最期を悲しみだけで語るのではなく、夫らしい人生の締めくくりとして受け止めていることが伝わってきます。

子供がいないという人生を選び、お互いを最高のパートナーとして生きてきた二人。

仕事においても私生活においても、常に対等な関係を保ち続けた夫婦の姿は、現代社会における理想的なパートナーシップの一つの形なのかもしれません。

引用元:X

久米宏さんのご冥福を心よりお祈りするとともに、久米麗子さんの今後の人生が穏やかなものであることを願ってやみません。

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