現在、日本の内閣総理大臣を務める高市早苗さんですが、夫の山本拓さんと苗字が違うことを不思議に思っている人は少なくありません。
しかも高市さんは選択的夫婦別姓に反対の立場を取っているだけに、「なぜ?」と感じた人も多いのではないでしょうか?
実は、高市早苗さんの二度の結婚と一度の離婚という流れと、1993年の初当選以来ずっと使い続けてきた「高市早苗」という名前のブランドが複雑に絡み合っています。
苗字が違う理由、離婚から再婚に至るまでの流れ、そして今も「高市」を名乗り続ける理由まで、順を追ってお伝えします。

高市早苗と旦那の苗字が違う理由は夫婦別姓ではなかった

実は、高市早苗さんと夫の山本拓さんの苗字が違うのは、選択的夫婦別姓とはまったく別の話です。
日本では戸籍法上、夫婦同姓が原則とされており、高市さんも例外ではありません。
二人は2021年12月に再婚した際、山本拓さんが「高市」姓に改姓しました。
戸籍上は山本氏が姓を変えて「高市拓」となったと日本経済新聞も報じており、現在の正式な夫の名前は「高市拓(髙市拓)」です。
つまり戸籍上では二人は同じ「高市」姓を名乗っており、法律的には完全に夫婦同姓の状態になっています。
では、なぜ「苗字」が別々なのでしょうか?
それは二人の結婚・離婚・再婚という経緯と、政治活動上の名前の扱いが複雑に絡んでいるためです。
高市早苗と旦那の苗字のズレが生まれた時系列

この「苗字の違い」には、二人が歩んできた13年以上の夫婦の歴史が関係しています。
奈良県から衆議院議員に初当選。
この頃から政治活動は一貫して「高市早苗」名義で行っていた。
奈良1区で落選。
この時、山本拓さんから励ましの電話があり、二人の距離が縮まった時。
山本拓さんと結婚し、戸籍上の姓は「山本」に。
ただし、すでに有権者やメディアには「高市早苗」の名前が浸透していたため、政治活動では引き続き旧姓の「高市早苗」を使用。
協議離婚。
離婚後、戸籍上の姓も再び「高市」に戻る。
このタイミングで、戸籍上の姓と政治活動上の名前が一致する形になる。
長年、「高市早苗」の名前で選挙や国会活動を続けてきたため、結婚を機に名前を変えると有権者の認知に影響する可能性があり、旧姓を使い続けたと考えられます。
高市早苗の旦那が苗字を改姓・現在は夫婦同姓

2017年に離婚した二人ですが、4年後の2021年12月に再婚を発表しました。
復縁の大きなきっかけとされているのが、2021年の自民党総裁選です。
この総裁選で高市早苗さんが初出馬した際、当時は元夫だった山本拓さんが推薦人の一人として支援に回り、票集めにも尽力したと報じられています。
政治的にも注目度の高い場面で真っ先に支えたことが、再び距離を縮めるきっかけになったとみられています。
そして再婚時には、今度は山本さん側が高市姓へ改姓しました。
初婚時は高市さんが戸籍上「山本」姓となり、政治活動では旧姓の「高市早苗」を使っていましたが、再婚後は夫の山本さんが「高市拓」となり、現在は夫婦同姓となっています。
21年に再婚した。戸籍上は山本氏が姓を変えて「高市拓」となった。
引用元:日本経済新聞
旦那の山本拓さんが高市さんの政治活動を支えている証拠ですよね。
夫婦別姓に反対なのに旦那と苗字が違うのはなぜ?

高市早苗さんは政治的に選択的夫婦別姓の導入に反対の立場を取っており、代わりに「旧姓の通称使用拡大」を支持しています。
公的証明書などに旧姓のみを記載できる「旧姓単記」の検討を関係閣僚に指示したことも報じられています。
「自分は旧姓で活動しているのに夫婦別姓には反対」というのは一見矛盾して見えますが、そこには大きな違いがあります。
高市さんが主張するのは、あくまでも「夫婦は同姓のまま、旧姓は通称として使えるようにしよう」という考え方です。
戸籍を変えるのではなく、使える場面を広げるという立場です。
そして高市さん自身の現状はその主張どおりで、戸籍上は「高市早苗」のまま(再婚時に夫が高市姓に改姓したため)、政治活動でも「高市早苗」を使い続けています。
1993年から積み上げてきた「高市早苗」という政治家としての認知度は、簡単には手放せるものではないですよね。
名前はそれ自体が、ひとつのキャリアの証明ですし、政界にいる限り、名前はブランドや看板の役目として不可欠ですよね。
「高市早苗」という名前は三十年以上かけて積み上げてきたものだった

- 1993年の初当選以来「高市早苗」の名前で政治活動を続けてきたこと
- 再婚後は夫も高市姓に改姓して現在は戸籍上も同じ姓になっているため
世間に定着していた「山本拓」という名前がそのままメディアで使われ続けていたことが、「名前が違う」という疑問を生んでいたにすぎません。
首相就任後も、夫の脳梗塞による介護と公務を両立させているという報道を見ると、政治家としての顔とひとりの人間としての顔の両方が見えてきます。
「高市早苗」という名前が背負ってきたものの重さは、これからも変わらないのだろうと思います。
