中日の新監督候補として、名前が挙がっている工藤公康さん。
5人の子供の父でもあり、長男は俳優の工藤阿須加さん、長女はプロゴルファーの工藤遥加さんです。
じつは工藤さんが食事は正座、箸の持ち方まで厳しく育てたのは、この上の2人までだったと本人が明かしています。
5人の名前と年齢を整理しながら、なぜ上の2人だけだったのかをたどりました。
父が子育てを変えたきっかけは、泣きじゃくる娘さんの姿でした。

工藤公康の子供は何人?2男3女の名前と年齢

- 氏名:工藤公康(くどう・きみやす)
- 生年月日:1963年5月5日生まれ/63歳 ※2026年現在
- 出身地:愛知県
- 経歴:西武・ダイエー・巨人・横浜・西武で実働29年、通算224勝
- 監督歴:2015〜2021年にソフトバンク監督、日本一5回
- 家族:妻・雅子さん、2男3女
工藤公康さんの子供は、2男3女の5人です。
工藤さんは1989年のオフ、26歳で雅子さんと結婚しました。5人の子供は全員成人していて、それぞれの道に進んでいます。
| 続柄 | 名前 | 年齢・職業 |
|---|---|---|
| 長男 | 工藤阿須加 | 35歳・俳優 |
| 長女 | 工藤遥加 | 33歳・プロゴルファー |
| 次女 | 非公表 | 一般 |
| 三女 | 〃 | 〃 |
| 次男(末っ子) | 〃 | 〃 |
表に出ているのは上の2人だけで、次男・次女・三女は一般の方です。
5人もいて、テレビやゴルフ中継で見かけるのがちょうど上の2人というのは、少し気になりますよね。
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工藤公康の息子・工藤阿須加は俳優と農業の二刀流

引用元:シネマトゥデイ
長男の工藤阿須加さんは、1991年8月1日生まれの俳優です。
もともとはプロテニス選手を目指していましたが、右肩を壊して断念。妹さんが持ってきたオーディション雑誌がきっかけで、俳優の道に進みました。
2012年にドラマでデビューし、翌年にはNHK大河ドラマ「八重の桜」に出演。2014年の日曜劇場「ルーズヴェルト・ゲーム」では、お父さんと同じ投手役を演じて話題になりました。

今は俳優業と並行して、山梨県の農園で本格的に農業にも取り組んでいて、工藤さんも一緒に畑仕事をする姿がメディアで紹介されています。
ちなみに阿須加さんが生まれた1991年、工藤さんはプロ生活で自己最多の16勝を挙げ、そこから5年連続で2ケタ勝利を続けました。
長男の誕生が、何よりの発奮材料だったのかもしれませんね。
俳優になるのは母が反対していた
阿須加さんの俳優転身には、母・雅子さんが反対していたそうです。
「もともと俳優になることを妻は反対していました。ただ、私が『男は自分でこうだと思った時が一番チャンスで大切なんだ』という話をしたんです。妻には叱られましたが(笑)」
引用元:Number Web
それでも工藤さんは、男は自分でこうだと思ったときが一番のチャンスだ、と息子の背中を押しました。その結果、妻には叱られたと笑って振り返っています。
優勝請負人と呼ばれた工藤さんも、家の中ではお母さんに頭が上がらなかったようです。本人も、男は女性の尻に敷かれるくらいがちょうどいい、と話していました。
工藤阿須加は結婚してる?嫁はいる?

工藤阿須加さんは、2026年10月時点で結婚していません。
2024年12月には週刊女性PRIMEが、一般女性との交際を報じています。
ただ、2026年1月にフジテレビ系「トークィーンズ」に出演した際には、年々結婚観がネガティブになっていると明かしていました。
34歳での結婚観トークが、まさかの後ろ向き。お父さんが26歳で結婚したことを考えると、ちょっとのんびりして見えますね。
スポンサーリンク工藤公康の娘・工藤遥加はプロ15年目で初優勝

長女の工藤遥加さんは、1992年11月18日生まれのプロゴルファーです。
ゴルフを始めたのは12歳で、2011年8月にプロ転向。そこから長い下積みが続きました。

2025年のアクサレディスでプロ15年目にして悲願のツアー初優勝。プロ転向から4991日での初優勝は、ツアー制施行後にJLPGAに入会した選手として史上2番目の遅さでした。
お父さんは実働29年のプロ野球記録を持つ人。遅咲きでも投げ出さない粘り強さは、しっかり受け継いでいるのかもしれません。
父はコーチ登録までした

工藤さんはソフトバンクの監督を退任した翌年の2022年、遥加さんのコーチとして登録し、親子で指導者と選手という立場になりました。
今は遥加さんがアドバイスを求める形に変わっていて、呼ばれれば工藤さんは予定を調整して駆けつけます。火曜日の練習ラウンド1日のためだけに宮崎まで行ったこともあるそうです。
練習ラウンドのために宮崎まで、というのは、なかなかの甘い父親ぶりですよね。ただ、こうなるまでには長い時間がかかっています。
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工藤公康が上の2人だけ正座で育てた理由

理由は、工藤さん自身が正座や箸の持ち方まで厳しくしつけられて育ち、それが子育てだと思い込んでいたからでした。
工藤さんは、2番目の子供である遥加さんまでは特に厳しく接していたと明かしています。
2番目の子(遥加=現在はプロゴルファー)までは特に厳しく接してました。私自身が子どもの頃、かなり厳しくしつけられたので。食事をするときは正座でしたし、おはしの持ち方が少しおかしくても怒られました。
引用元:Number Web
工藤さんが育った家は、食事のときは正座、箸の持ち方が少しおかしくても怒られる家でした。
最初は、自分がされたのと同じようにするのが子育てだと思っていたそうです。
阿須加さんも、礼儀に厳しく、叱られて正座させられたことがあるとテレビで話していました。今もお父さんには苦手意識があるそうです。
父については「しゃべると現状を全部見抜かれそうで。異様な空気を放つんですよ。あの空気は本当に嫌です」と現在も苦手意識があるという。昔から礼儀には厳しく、叱られて正座させられたことなども語った。
引用元:デイリースポーツ
泣きじゃくる娘を見て子育てを変えた
転機になったのは、泣きじゃくる娘さんを前にしたときでした。
工藤さんは、私は何をしているんだろうと心が痛くなり、自分が受けた教育をそのままするのは一方的な押しつけだと気づいたそうです。
そこから、工藤さんの接し方は変わっていきました。
つまり、俳優とプロゴルファーとして表舞台に立っている上の2人は、厳しかった時代のお父さんに育てられた2人ということになります。
厳しさがよかったのかどうかは分かりませんが、そう並べてみると、少しドキッとしますね。
負けた日は子供たちが父を慰めていた
厳しいお父さんでも、子供たちはちゃんと味方でした。
工藤さんが打たれて負けた日ほど、子供たちは夜遅くまで起きていて、パパおかえりと元気に出迎えたそうです。一緒にテレビを見る役、お風呂に入る役と、兄妹で役割分担までして、嫌な気持ちを次の試合に持ち込まないようにしていました。
工藤さんは当時について、野球で頭がいっぱいで、起きてたのか、くらいの反応しかできなかったと振り返っています。
母・雅子さんは、子供たちを球場に連れて行かなかったそうです。声援を浴びる父を見て、子供たちが勘違いしてしまうのを心配したからでした。
ようやく球場に来るようになったのは横浜に移籍して2年目ごろで、打ち込まれる父の姿を見て、座席で泣いていたこともあったといいます。
勝った日より、負けた日のほうが家が明るい。子供たちにとっての試合は、テレビの中より家の中のほうが本番だったのかもしれません。
スポンサーリンク工藤公康の次男や孫は?子供たちの現在

次男・次女・三女の3人は一般の方で、名前や職業は公表されていません。
末っ子の次男は留学経験あり
末っ子の次男は留学経験があり、工藤さんがアメリカへ行く用事があったときには同行してもらったそうです。
学生時代は野球部でしたが、工藤さんはほとんど野球を教えなかったといいます。
今は長男・長女以外の3人とも、よく会っているそうです。
ただ、距離は自分のほうから縮めていて、向こうからは縮めてくれない、と笑っていました。
224勝の名投手も、子供との距離の詰め方には苦戦しているようです。
工藤公康に孫はいる?
2024年のインタビューの時点で、工藤さんに孫はいません。
工藤さんは阿須加さんとは高校生のころに1度キャッチボールをしたきりで、次男にも野球の手ほどきはしなかったそうです。
それでも、いつか孫ができたら喜んでキャッチボールをしてしまうだろうと話していて、孫とのキャッチボールがささやかな夢だといいます。
その夢がかなうかどうかは、結婚観がネガティブになっている長男しだい…かもしれません。
中日監督説で家族との時間は?
工藤さんは2024年のインタビューで、現役時代に家族に気持ちを向けられなかったことを、後悔や反省だらけと語っていました。
ソフトバンクの監督を退任してからは、ようやく家族との時間を過ごしています。
その工藤さんに、今回の中日監督説です。監督になれば、また野球で頭がいっぱいの日々に戻ることになります。
ただ、子供たちはもう全員大人です。今度は球場の座席で泣くのではなく、5人そろってお父さんを応援する日が来るのかもしれませんね。


