ちゃんみなさんのお母さんは、韓国出身の元バレリーナです。
日本に来てからは飲食店も切り盛りしていて、今も日本語はほとんど話せないそうです。
そのお店でお母さんが客から浴びせられた帰れ国へという言葉は、のちに娘の曲REDの歌詞になりました。

ちゃんみなの母は韓国人の元バレリーナ!名前や年齢は?

- 名前:ちゃんみな
- 氏名:乙茂内美奈(おともない みな)
- 生年月日:1998年10月14日生まれ/28歳 ※2026年10月現在
- 出身地:韓国生まれ、東京都練馬区育ち
- 現在:ラッパー・シンガーソングライター、HANAのプロデューサー
- 母:韓国出身の元バレリーナ
- 父:日本人、岩手県出身
ちゃんみなさんのお母さんは、韓国出身の元プロのバレリーナです。
お母さんは一般の方なので、名前や年齢、顔は公表されていません。
ちゃんみなさんは韓国で生まれ、2〜3歳のころに日本へ来ました。その後もしばらくは、バレリーナの仕事をするお母さんについて、韓国・日本・アメリカを行き来していたそうです。
小さいころからバレエやピアノ、バイオリンを習っていたのも、お母さんの影響でした。ちゃんみなさんは、仕事に出かけるお母さんの姿をこう振り返っています。
バレリーナだった母が、幼い頃の私の一番の理想像でした。
引用元:Billboard JAPAN
髪を結い、ステージメイクをして、自分で稼いだお金で買った宝石を身につけて出かけていくお母さんに、ずっと憧れていたそうです。
派手なメイクと衣装で踊るちゃんみなさんのステージの原点は、お母さんの出勤前の姿だったわけですね。
スポンサーリンクちゃんみなの母の職業は?日本では飲食店を切り盛り

お母さんは日本に来てから、飲食店を切り盛りしていた時期があります。
ちゃんみなさんは2025年1月29日のNHK『クローズアップ現代』で、子どものころ、お母さんが働いていた飲食店で起きた出来事を語っています。その話は、このあと最後のところで紹介します。
ちゃんみなさんがデビューしたばかりのころは月給が5万円ほどしかなく、お母さんにお金を借りて自分やダンサーの衣装を買っていたそうです。
メイクも自分でやり、汗で落ちたら自分で直していたといいます。
お母さんに衣装代を借りていた娘が、2026年7月には東京ドームのステージに立っているので、お母さんにとってはこれ以上ない返し方ですよね。
今は、ちゃんみなさんの娘さんの子育てを手伝っていることを、本人が2026年4月の『徹子の部屋』で話しています。

ちゃんみなの本名乙茂内は岩手の父の名字
ちゃんみなさんの本名は乙茂内美奈(おともない みな)で、乙茂内は岩手出身のお父さんの名字です。
本名は、2026年10月22日に報じられた接触事故のニュースでちゃんみなこと乙茂内美奈さんと伝えられ、一気に広まりました。けが人はいませんでした。
ちゃんみなさん本人は、2026年1月2日のさんまのまんまで、乙茂内家に伝わるくるみ餅を手土産に持ってきて、自分から名字を明かしていました。
うちの父が岩手出身でして。
引用元:デイリースポーツ
韓国のラッパーASH ISLANDさん(本名ユン・ジニョンさん)と結婚した今も、報道で伝えられる名字は乙茂内のままです。韓国では結婚しても名字は変わらず、日本でも外国籍の人と結婚した場合は、届け出をしない限り名字はそのままです。
そして2026年9月28日のしゃべくり007では、お父さんは日本語だけ、お母さんは韓国語だけしか話せないことも明かしています。
お母さんは韓国人で、日本語ができないんですよ。今もです
お母さんはずっとしゃべっていて、お父さんは寡黙なので、それで何とかなっているそうです。ちゃんみなさん自身は、両親の通訳として生まれてきたようなものだと笑っていました。
言葉の通じない2人が、どうやって出会って結婚までたどり着いたのかが、一番気になるところですよね。
スポンサーリンクちゃんみなの母が浴びた言葉と曲RED
@moe042400 ちゃんみなの忘れられない過去 #ちゃんみな #chanmina #red#yfp #yfpシ #CapCut #おすすめ @ちゃんみな CHANMINA ♬ オリジナル楽曲 – moe【ちゃんみな切り抜き】
曲「RED」の帰れ国へという歌詞は、お母さんが実際に浴びせられた言葉です。
ちゃんみなさんは2025年1月29日のクローズアップ現代で、子どものころ、お母さんが切り盛りしていた飲食店で、客から暴言を浴びせられた出来事を語りました。
『RED』では韓国人の母が「帰れ国へ」と罵倒された経験が歌われている
引用元:文春オンライン
日本語が話せないお母さんは、言われた言葉の意味をどこまで分かっていたのか…横で聞いていた娘のほうが、その言葉をはっきり覚えていたのかもしれません。
ただ、ちゃんみなさんはこの曲を、相手を責めるために書いたのではないと話しています。
“私はそれでも人のことを愛したい”っていうメッセージなんです。
引用元:THE FIRST TIMES
そのお母さんは今、日本語しか話せないお父さんと一緒に、2歳になる孫の子育てを手伝っています。
日本で言葉の壁にぶつかってきたお母さんの経験は、日本語・韓国語・英語で歌う娘の曲の中に、今も残っています。
