小川晶の経歴!教員志望から転向・23歳で旧司法試験に合格したエリート女子

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2024年、前橋市史上初の女性市長として誕生した小川晶さん。

その華やかな経歴の裏側で、2025年9月にはスキャンダルが報じられ、市民の信頼を揺るがす事態に発展しました。

そんな群馬県前橋市長の小川晶さんの学歴と経歴についてわかりやすくまとめてお伝えします。

目次

小川晶の学歴/中学・高校時代はスポーツ万能女子

引用元:小川あきら公式HP
引用元:小川あきら公式HP

・ 茨城県・清真学園中学校
・ 茨城県・清真学園高等学校(2001年3月卒業)

小川晶さんは、中高一貫教育である清真学園中学校・高等学校を卒業しています。

2001年に茨城県にある清真学園高等学校・中学校を卒業

引用元:Wikipedia

中学時代は、バレーボール部に所属していたといいます。

中学ではバレーボール部、高校では少林寺拳法部に所属。
茶道も習い、「文武両道」を目指す。

引用元:引用元:小川あきら公式HP

高校に進学後は、少林寺拳法部へ転向してそれと並行して茶道も習うなど、身体と心、静と動のバランスを体得しました。

小川晶の学歴/中央大学法学部で目標にまっしぐらの日々

引用元:選挙ドットコム
引用元:選挙ドットコム

・ 大学5年生 旧司法試験に合格(2005年)
・ 中央大学法学部(2006年卒業)

2001年に清真学園高等学校を卒業した小川あきらさんは、中央大学法学部法律学科に進学しました。

中央大学法学部は、司法試験合格者数で長年トップクラスの実績を誇る名門学部として知られています。

もともとは教員を目指していた小川晶さんでしたが、弁護士を志すきっかけとなったのは1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件でした。

自分と同い年の少年が逮捕されたことに衝撃を受け、法の道を目指すようになったとされています。

はい。きっかけは、1997年の神戸連続児童殺傷事件でした。

当時日本中がくぎ付けになっていた凶悪事件の犯人が逮捕されたというニュースが飛び込んできたとき、捕まったのが自分と同じ中学3年生の少年だったことに衝撃を受けました。

引用元:選挙ドットコム

引用元:選挙ドットコム
引用元:選挙ドットコム

大学時代の小川晶さんは、司法試験合格という明確な目標に向かって努力を重ねました。

当時の司法試験は現在よりもさらに困難な試験とされており、合格率も極めて低い状況でした。

中央大学法学部在学中の2005年、大学5年生の23歳の時に旧司法試験に一発合格

  • 2005年中央大学5年生で、司法試験に合格。
  • 2006年中央大学法学部を卒業。

引用元:小川あきら公式HP

当時の司法試験制度では、法学部在学中の合格は非常に困難とされている中での合格であることから、小川晶さんの並々ならぬ努力の成果が見事に勝利する結果となりました。

小川晶の経歴/司法試験に合格後は司法修習生に

引用元:小川あきら公式HP
引用元:小川あきら公式HP

・ 2006年4月~2007年8月 前橋地方裁判所で司法修習

司法試験に合格後は、2006年4月から2007年8月にかけては、司法修習生として前橋地方裁判所に配属されました。

この頃に千葉県から群馬県へ移り住み、前橋の司法現場に身を投じました。

はい。出身は千葉県ですが、司法試験に合格後の司法修習の配属先が前橋地裁でした。なので、そのまま前橋市内の法律事務所に就職して。

引用元:選挙ドットコム

修習期間中、地元住民の離婚相談や相続トラブルを数多く目撃し、裁判所の雑務から本格的な模擬裁判までを経験しながら司法修習を積みました。

小川晶の経歴/前橋市内の法律事務所に就職

引用元:上毛新聞 2011年7月30日掲載
引用元:上毛新聞 2011年7月30日掲載

・ 2007年9月 弁護士登録(群馬弁護士会)

2007年9月に弁護士登録後、小川晶さんは前橋市内の法律事務所で弁護士として勤務しました。

特に家庭内暴力(DV)被害者の支援に力を入れ、弱者に寄り添う活動を展開したそうです。

私は当時、ドメスティックバイオレンス(DV)被害者の支援に多く携わっていました。

引用元:選挙ドットコム

弁護士として活動したのはおよそ3年半ほどだったといいます。

-弁護士としてのお仕事は2年くらい?

3年半くらいですかね。

引用元:選挙ドットコム

しかし、弁護士としてできることには限界を感じ、法律や条例を作る政治家を志すようになったとされています。

小川晶の経歴/群馬県議会議員選挙に出馬

引用元:選挙ドットコム 28歳の頃の小川晶さん
引用元:選挙ドットコム 28歳の頃の小川晶さん

2011年、28歳の若さで民主党公認として群馬県議会議員選挙(前橋市選挙区)に出馬し、初当選を果たしました。

この選挙では民主党が逆風の中、党が公認・推薦した新人6人のうち当選したのは小川晶さんのみという快挙でした。

2015年~2023年の小川晶さん
2015年~2023年の小川晶さん

以後、県議として4期13年務め、2015年、2019年、2023年の選挙でも当選を重ね、県議時代の主な活動としては、子育て支援条例の制定やハラスメント研修の実施を議長に申し入れるなどの実績を積みました。

のちに、当初は民主党(後に民進党)に所属していましたが、2018年に民進党と希望の党が合流して国民民主党が結成されると、離党して無所属となりました

前橋市長選への出馬・前橋史上初の女性市長へ

2024年の選挙活動中の小川晶さん
2024年の選挙活動中の小川晶さん

2023年11月、小川晶さんは2024年2月実施予定の前橋市長選挙への出馬を表明しました。

教育長へいろいろ提案したものの結局進まず・・・。
そういう時に、県議会の中から動かす方法もあると教えていただいたので、それでは!と飛び込みました。騙されたというか、何も知らないから挙手してしまったという感じです(笑)

引用元:選挙ドットコム

選挙戦では「市民目線」をキーワードに、子育て支援や福祉政策を強調。

無所属で立候補し、立憲民主党・国民民主党・日本共産党・社会民主党の支援を受けながら、自民党・公明党が推薦する現職の山本龍氏を破り、前橋市史上初の女性市長として当選を果たしました。

市長として初登庁したときの小川晶さん 引用元:日本経済新聞 
市長として初登庁したときの小川晶さん 引用元:日本経済新聞 

また、戦後最年少での当選であり、公選の前橋市長としては初の群馬県外出身者でもあり注目を集めました。

親しみやすく笑顔の絶えない身近な市長として、前橋市長のキャリアを重ねてきました。

行政のトップとしても、選挙公約で掲げた「クリーン市政」を守りつつ、市民に寄り添った今後の市政運営に期待と注目が集まりそうです。

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