テレビで見ない日はないほどエネルギッシュなデヴィ夫人ですが、実は数年前、最愛の一人娘であるカリナさんの旦那さんを突然の不幸で亡くされました。
当時、ニュースでは「急死」とだけ報じられ、あまりに突然のことに驚いた記憶があります。
あれだけパワフルな夫人を支えるご家族に、一体何があったのでしょうか?
この記事では、デヴィ夫人の娘・カリナさんの旦那さんの死因について調査しました。

デヴィ夫人の娘・旦那の死因で報道では語られなかった現実

引用元:NEWSポストセブン
カリナさんの旦那さん、フリッツ・フレデリック・シーガースさんが亡くなられたのは2021年2月のことです。
当時、日本のメディアでは「急死」という言葉が多く使われ、具体的な原因についてはあまり詳しく報じられていませんでした。
なぜ、働き盛りのエリート銀行マンが突然亡くなってしまったのか。
現地インドネシアの報道や、詳しい情報を紐解いていくと、その原因として「インスリンショックによる心不全」という言葉が浮かび上がってきます。
実はフリッツさん、以前から糖尿病を患っていたといわれていました。
インスリンショックとは、糖尿病治療のために投与したインスリンが効きすぎて血糖値が急激に下がり、意識障害やけいれん、最悪の場合は死に至ることもある恐ろしい状態です。
日本のニュースサイトである東スポWEBも、当時はデヴィ夫人のブログを引用する形でこう伝えています。
夫人は「娘のカリナの夫、フリッツ・フレデリック・シーガース氏が2月4日夜、バリ島にて急逝いたしました」と報告。「何の予告も無しに、あまりにも突然の死でした」と悲痛な胸の内をつづった。
引用元:東スポWEB
「何の予告も無しに」という夫人の言葉からは、ご家族にとっても本当に予期せぬ出来事だったことが痛いほど伝わってきます。
持病があったとはいえ、日常の中で突然、大切な人がいなくなってしまう喪失感は計り知れません。
現地では「低血糖状態に陥り、そのまま心停止に至った」と具体的に報じられているケースもありました。
日本のメディアが配慮して「急死」と表現した裏には、こうした医学的な背景があったようです。
「運命の夜」に重なった二つの別れ

フリッツさんが亡くなったのは2021年2月4日の夜。
実はこの日付には、デヴィ夫人にとって信じられないような偶然が重なっていました。
デヴィ夫人自身のブログによると、2月4日は夫人の実の母親が亡くなられた命日でもあったのです。
私は 娘のカリナの夫、フリッツ・フレデリック・シーガース氏が2月4日夜、バリ島にて急逝いたしましたことを皆さまに ご報告申し上げます。(中略)私の母が亡くなったのも、59年前の 2月4日の夜でした。母と、愛する義理の息子を 同じ日、同じ時刻に失うという、運命のいたずらを 感じざるを得ません。
引用元:デヴィ夫人オフィシャルブログ
59年の時を経て、同じ日、同じような時刻に大切な家族を失う…これを単なる偶然と片付けていいものでしょうか。
デヴィ夫人はこれを「運命のいたずら」と表現されていましたが、正直、言葉を失うほどの巡り合わせだと感じました。
カリナさんとフリッツさんがご結婚されたのは2005年。
オランダ出身でシティバンクの欧州・中近東・アフリカ地区CEOを務めるなど、フリッツさんは誰もが認める超エリートでした。
しかし、地位や名誉だけでなく、デヴィ夫人がブログで公開している数々の写真からは、家族みんなで旅行を楽しんだり、笑顔で食卓を囲んだりする「温かい家庭人」としての顔がはっきりと見えてきます。
そんな彼が、義理の母であるデヴィ夫人の実母と同じ命日に旅立ったこと。
悲しみの中でデヴィ夫人が感じた「運命」という言葉の重みは、想像もつかないものだったに違いありません。
デヴィ夫人の娘・旦那フリッツのあまり語られていない事実

フリッツさんの死に関しては、表に出てくる「エリート銀行マンの急死」というストーリーの裏に、あまり語られていないいくつかの事実が存在します。
ここでは、少し踏み込んだ視点から、彼の人生と残された家族の複雑な状況について整理しておきたいと思います。
世界を飛び回った銀行マンと「前妻」の存在
フリッツさんはカリナさんと結婚する前、実は一度結婚されており、前妻との間に2人の息子さんがいらっしゃったそうです。
カリナさんとの間には息子(デヴィ夫人の孫)のキラン君がいますが、フリッツさんはキラン君だけでなく、前妻との間のお子さんたちとも良好な関係を築いていたといわれています。
世界中を飛び回る多忙な銀行マンでありながら、複雑な家族関係の中でも父親としての役割を果たしていたフリッツさん。
デヴィ夫人が彼を「愛する義理の息子」と呼び、最大の敬意を表していたのも、単にエリートだったからではなく、こうした人間的な器の大きさがあったからなのかもしれません。
葬儀の直後に見え隠れした「温度差」
もう一つ、調査を進める中で少し気になったエピソードがあります。
フリッツさんの葬儀はバリ島でしめやかに行われましたが、そのわずか2日後、デヴィ夫人の誕生日パーティーが開催されたという情報があります。
もちろん、予定されていた行事をキャンセルできない事情はあったでしょうし、夫人のプロフェッショナルとしての流儀かもしれません。
しかし、一部の情報によると、最愛の夫を亡くしたばかりの娘・カリナさんは、このタイミングでの開催に「誰がこれを主催したのか」と複雑な心境を抱いていたとも言われています。
母としてのデヴィ夫人の強さと、妻として悲しみに暮れるカリナさん。
どちらが正しいということではなく、突然の別れに直面した時、それぞれの悲しみ方や「生きる姿勢」の違いが浮き彫りになってしまったのかもしれません。
華やかな世界に生きる一家だからこそ、外からは見えない葛藤があったのではないか。そんな風に感じずにはいられませんでした。
息子キランくんはまだ10代…気丈に振る舞いお別れ

フリッツさんの死因は、糖尿病に伴うインスリンショックによる心不全という、あまりに現実的で、あっけないものでした。
しかし、その死を通して見えてきたのは、デヴィ夫人、娘のカリナさん、そして孫のキラン君が、それぞれの立場で深い悲しみを乗り越えようとする姿です。
特に、当時まだ10代だった息子のキラン君にとって、偉大な父親を突然失う経験はどれほど辛かったことでしょう。
それでも、葬儀の際に気丈に振る舞う彼の姿は、多くの人々の涙を誘いました。
デヴィ夫人はブログの最後を、フリッツさんへの感謝と祈りで結んでいます。
今はただ、フリッツのご冥福を祈るばかりです。
派手な話題が先行しがちなデヴィ夫人ですが、その根底には家族への深い愛情と、運命さえも受け入れて前に進もうとする強烈な覚悟があるのではないかと感じました。
私たちがメディアで見ているのは、ほんの一部分に過ぎません。
デヴィ夫人、娘のカリナさんの旦那さんであるフリッツさんのご冥福をお祈りいたします。
