人気女優の長澤まさみさんの父親が、実はサッカー界で輝かしいキャリアを築いた元日本代表選手であり、名監督だったことをご存知ですか?
長澤まさみさんといえば、清純派から演技派まで幅広い役柄をこなす実力派女優として知られていますが、その父・長澤和明さんもまた、サッカー界で大きな足跡を残した人物です。
現役時代は日本代表のミッドフィールダーとして活躍し、引退後はジュビロ磐田の初代監督を務めるなど、指導者としても高い評価を得てきました。
この記事では、長澤まさみさんの父である長澤和明さんがどんな人物なのか、監督としての経歴やサッカー界での功績についても調査しました。

長澤まさみの父・長澤和明は元日本代表のサッカー選手

■長澤和明(ながさわかずあき)
■1958年2月4日生/67歳
※2026年現在
■静岡県清水市出身
■東京農業大学卒業
■元サッカー選手、指導者、解説者
サッカーの名門・清水東高校で高校総体3位、高校選手権準優勝という華々かしい実績を残し、東京農業大学を卒業後、1980年に日本サッカーリーグ所属のヤマハ発動機サッカー部に入部しました。
長澤和明さんはゲームメーカーとして活躍し、1978年から日本代表に選出されています。
ただ、同じポジションに木村和司選手という強力なライバルが存在したため、代表での出場は9試合に留まったそうです。
現役時代のポジションはミッドフィールダーで、1982年にはハンス・オフトがヤマハのコーチとして初訪日した際のチーム主将を務めるなど、リーダーシップも発揮していました。

派手さよりも堅実さが評価される選手で、当時のサッカーファンの間では「職人気質の選手」という印象が強かったようです。
残念ながら怪我に悩まされ、31歳で現役を引退することになりましたが、その後は指導者として新たな道を歩み始めます。

長澤和明さんの娘が、現在も第一線で活躍する長澤まさみさんです。
父親の厳しくも温かい指導者としての姿勢が、長澤まさみさんの女優としての姿勢にも影響を与えているのかもしれません。
長澤まさみの父・長澤和明監督としてジュビロ磐田を育てた功績

長澤和明さんの監督としてのキャリアは、1991年に始まりました。
現役引退後はヤマハ発動機サッカー部のコーチを務めた後、1991年に監督に就任。
在任中にチームが「ジュビロ磐田」に改称したため、長澤和明さんはヤマハ最後の監督であると同時に、ジュビロ磐田の初代監督という歴史的な立場を担うことになったのです。
長澤和明さんは的確な指導で選手を育て、1992年にはジャパンフットボールリーグ(旧J1)で優勝という輝かしい成績を残しました。
そして1993年にはJリーグへの昇格という偉業を成し遂げています。
しかし、ジュビロ磐田のフロント陣はハンス・オフトを監督として再招聘するため、事実上長澤和明さんを解任し、フロント入りさせるという決断を下します。
現場での指導にこだわりを持っていた長澤和明さんは、この決定を受けて程なくヤマハフットボールクラブを退社しました。
この出来事は長澤和明さんにとって辛い経験だったでしょうが、その後も指導者としての情熱は衰えることなく、さまざまなチームで手腕を発揮していくことになります。
ジュビロ磐田をJリーグに導いた功績は、今でもサッカー界で高く評価されています。
長澤和明さんが指揮を執った多彩なチーム

ヤマハフットボールクラブを退社した後も、長澤和明さんの監督としてのキャリアは続きました。
1995年から1996年には女子サッカーのL・リーグ(現在のなでしこリーグ)の鈴与清水FCラブリーレディースで、1997年にはジャパンフットボールリーグの本田技研工業サッカー部で、1999年から2001年シーズン途中まではソニー仙台FCでそれぞれ監督を務めています。
プロだけでなく、アマチュアや学生の指導にも力を注いだ長澤和明さん。
2001年秋からは常葉学園橘高校サッカー部の監督に就任し、2005年には静岡県大会で優勝して全国高校選手権への出場を果たしました。
静岡県といえば全国屈指のサッカー激戦区ですから、この快挙は指導者としての高い能力を示すものです。
2008年からは浜松大学サッカー部の監督として活動し、若い世代の育成に尽力しました。
その後も北信越フットボールリーグのグランセナ新潟FC、北越高等学校、そして母校である清水東高校のヘッドコーチなど、様々な現場で指導を続けてきました。

長澤まさみにとっての父・長澤和明は厳しくも優しい父

2007年に放送されたドラマ『ガンジス河でバタフライ』の撮影でインドに行く際、長澤和明さんは娘の安全を心配して「行くな」と反対したそうです。
実はこの件は親子ゲンカにまで発展したとのこと。
厳格な指導者としての顔と、娘を心配する父親としての優しい顔、両方が垣間見えるエピソードです。
また、2016年に放送されたスペシャルドラマ『君に捧げるエンブレム』では、長澤まさみさんが事故で半身不随になったJリーガーを支える婚約者役を演じました。
その際、父親の姿が演技の助けになったことを明かしています。
「私の父親もスポーツ選手をやっているところもあって、自分の両親をちょっと見ているかのような錯覚を起こすことがあった。いろんな思いを、私自身も思い入れを込めることができたんじゃないかなと思う。参加できたことを嬉しく思います」と感慨深げだった。
引用元:スポニチ
サッカー界での厳しい戦いを生き抜いてきた父親の背中を見て育った長澤まさみさん。
その経験が、女優としての演技の幅や深みに影響を与えているのは間違いないでしょう。
溺愛系の父ではない

長澤まさみさんは過去のインタビューで、父親について「厳しいけれど、やると決めたことには口出ししない」と語っています。
スポーツの世界で結果がすべてという環境を知る父親だからこそ、娘の覚悟を尊重する姿勢を貫いていたようです。
いわゆる「溺愛する父親」というよりも、一定の距離を保つタイプだったと言われています。
この距離感が、長澤まさみさんの自立心やプロ意識につながったのかもしれません。
明石家さんまも驚いた長澤まさみの父親の経歴

2024年6月放送の番組で、明石家さんまさんが「長澤のお父さんは(元)日本代表やった」と話すと、蛍原徹さんらスタジオゲストも一斉に「え~っ?!」と驚いたそうです。
「長澤のお父さんは(元)日本代表やった、サッカー選手の」と話すと、蛍原徹らスタジオゲストも一斉に「え~っ?!」と驚き。
引用元:デイリースポーツ
さんまさんは長澤和明さんが監督も務めていたことや、ゴン中山(中山雅史)選手とのつながりについても説明したとのこと。
長澤まさみさんほどの大女優の父親が、サッカー界でこれほどの実績を持つ人物だったことに、改めて驚いた視聴者も多かったようです。
親子二代にわたってそれぞれの分野で一流として活躍しているという事実は、素晴らしいですよね!
長澤まさみ父・長澤和明の現在と今後

2017年シーズン終了後に清水東高校のヘッドコーチを退任して以降の公の活動については情報が限られていますが、これまでの実績から考えて、サッカー界との関わりは何らかの形で続いている可能性があります。
解説者としても活動してきた長澤和明さん。
スカパー!や静岡放送のジュビロ磐田ホームゲームの解説を担当していたこともあり、サッカーへの深い知識と情熱は今も健在でしょう。
また、2024年10月にはYouTubeで、ヴァンラーレ八戸の石﨑信弘監督が「監督を始めたきっかけは、友人であり俳優長澤まさみさんの父である長澤和明さんだった」と語っている動画が公開されるなど、サッカー界における長澤和明さんの影響力は今も続いています。

長澤まさみさんの父親である長澤和明さんは、元日本代表のサッカー選手として活躍し、引退後はジュビロ磐田の初代監督としてチームをJリーグに導くなど、監督としても輝かしい実績を残してきました。
その後も様々なチームで指導者として活動を続け、多くの選手たちを育て上げてきた長澤和明さん。
父親の厳しくも愛情深い姿勢は、娘である長澤まさみさんの女優としての姿勢にも影響を与えているようです。
サッカー界と芸能界という異なる世界で、それぞれが一流として活躍する親子、これからの活躍も見守っていきたいですね。


