中日ドラゴンズのエースとして、23歳で球団最年少1億円プレイヤーとなった髙橋宏斗さんが、2026年WBCの侍ジャパンに選出されました。
ストレートの最速は158km/hを超え、投げるたびにスタンドがどよめく本格派右腕です。
そんな宏斗さんの周辺を調べていくと、慶應卒の兄・伶介さんの存在や、二宮和也さんとの不思議な縁など、野球の実力とは別の「人間・髙橋宏斗」が見えてきます。
【3月5日開幕】WBC2026侍ジャパン選手の家族・素顔まとめはこちら👇

高橋宏斗に彼女はいる?現在も「野球でいっぱいいっぱい」

まず気になる彼女・結婚について先にお伝えしておくと、現時点で彼女はいないようです。
21歳の誕生日にメディアから問われた宏斗さんは、こう答えています。
「彼女ですか? いませんよ。……女の子と遊ぶ余裕などないというのが正直なところですね」
引用元:週刊ベースボールONLINE
さらにこんな発言もあります。
先輩たちはどうやって彼女をつくり、結婚したんでしょうか
と、先輩選手の恋愛事情を真剣に疑問に思っているというのですから、読んでいてなんだか微笑ましくなります。
登板後の反省と次登板への準備だけで1週間があっという間に過ぎてしまう生活の中では、恋愛を考える余裕すら持てないということなのでしょうね。
23歳で年俸1億円を超えたストイックなエースですが、プライベートはまだまだ野球一色のようです。
兄・伶介が作った「野球人間・高橋宏斗」の原点

- 高橋 伶介(たかはし りょうすけ)さん
- 5歳上の28歳
- 慶應義塾高校・慶應義塾大学を卒業
- 東京海上日動火災保険に入社
宏斗さんの野球人生を語るとき、5歳上の兄・伶介さんの存在を外すことはできません。
伶介さんは慶應義塾高校・慶應義塾大学を卒業後、2020年4月から東京海上日動火災保険に入社したエリートです。
文武両道の兄が、いかに弟の人生を形作ったかがよくわかるエピソードがあります。
リビングの電球を割り続けた兄弟

宏斗さんが4歳の頃、兄弟は毎日リビングで野球遊びに熱中していました。
「新聞紙を丸めたボール」と「プラスチックのバット」でフルスイングを繰り返すうち、照明の電球を何度も割ってしまい、ついに家の照明がLEDシーリングライトに替えられたというエピソードが残っています。
しかもこの兄弟野球には独自のルールがあって、「負けた方が歩いて5分のパン屋へ買い出しに行く」という罰ゲームが設定されていました。
ほとんどの場合、負けるのは年下の宏斗さんだったといいます。
この頃から、兄という「越えられない壁」が野球への執念を育てていったのかもしれません。
リビングで2人で遊ぶ楽しそうな姿が想像できますが、相当怒られたでしょうね~。
神宮球場で見た兄の背中

2012年、当時小学4年生だった宏斗さんは神宮球場のスタンドで、兄・伶介さんが所属する豊田シニアの全国大会を観戦しました。
伶介さんはエースとしてチームを初優勝に導き、MVPとベストナインのダブル受賞を果たします。
その姿を見た宏斗さんは「いつか伶介を抜かす!」と心に誓ったと言われています。
そしてその後、兄が歩んだのと同じ「豊田シニア」への入部を選びます。
「伶介をマネしていれば僕も伶介みたいな選手になれる!」
引用元:スポーツナビ
兄は単なる「お手本」ではなく、進む道そのものでした。
だからこそ宏斗さんは兄を「お兄ちゃん」と呼ばず、幼い頃から「伶介」と呼び捨てにしていたといいます。
兄もそれを怒らなかったというのですから、仲の良さがにじみ出るエピソードです。
宏斗さんにとっての兄は、お手本であり目標でもあり、ライバルでもあった…そんな人が傍にいたからこそ明確な進む道が見えていたのは、ある意味とても幸せなことのような気がします。
慶應不合格がドラ1への道を開いた

兄・伶介さんと同じルートを歩もうとした宏斗さんは、慶應義塾大学環境情報学部のAO入試に挑戦します。
ところが2020年10月6日、「不合格」の通知が届きます。
これは「挫折」と思いがちですが、少し見方を変えると全然違う話になります。
合格すれば慶應大学で4年間野球を続け、不合格ならプロ志望届を出してドラフト1位指名を受ける…どちらに転んでも「ゴージャスすぎる進路」だったと、当時のスポーツ紙は評しています。
実際、不合格通知から20日後の10月26日にはドラフト会議で中日ドラゴンズから単独1位指名を受け、そこから3年後には球団最年少で1億円プレイヤーになっています。
「失敗」に見えた出来事が、実はそうではなかった…まさに「運命だった」とはこういうことを言うのではないかと思ってしまいます。
WBC迷子から二宮和也との縁でドンペリ&登場曲の話

登場曲の話は、2023年のWBCから始まります。
準決勝・メキシコ戦で、ブルペンの入り口がわからず右往左往する宏斗さんの姿が中継で映し出されました。
その映像を見た二宮和也さんがSNSで反応し、これがきっかけとなります。
さらに当時20歳だった宏斗さんはシャンパンファイトに参加できる年齢に達しておらず、それを知った二宮さんが事務所を通じて選手寮へドン・ペリニヨンを届けたというエピソードが明らかになっています。
【中日】高橋宏斗、嵐・二宮和也からシャンパン贈られる WBCシャンパンファイトは参加できず #高橋宏斗 #二宮和也 #嵐 #中日ドラゴンズ https://t.co/ByNk1E3njA
— 日刊スポーツ (@nikkansports) March 28, 2023
芸能人と野球選手という接点の少ない2人の間に、こんな気遣いのやりとりがあったとは驚きました!
宏斗さんはその縁をこう表現しています。
「いろんな縁を感じたので、何かでつながれたら、と思って」
引用元:中日スポーツ
2023年4月6日、バンテリンドームでのヤクルト戦での本拠地初先発。
登場曲として選んだのは二宮和也さんのソロ曲「それはやっぱり君でした」でした。
【中日】高橋宏斗が「嵐」二宮和也の「それはやっぱり君でした」で今季初マウンドで登場:中日スポーツ・東京中日スポーツ https://t.co/JLt9CcnKkT #中日ドラゴンズ #高橋宏斗
— 中日スポーツ (@chuspo) April 6, 2023
WBCの迷子映像から始まった縁が、マウンド上での登場曲という形で結実したのです。
宏斗さんの義理堅さとユーモアのある人柄が伝わるとってもいい話ですよね!
父・秀夫、母・尚美が支えた野球少年の日々

兄だけでなく、両親のサポートも宏斗さんの野球人生を語るうえで欠かせません。
父・秀夫さんは大学時代キャッチャーだった野球経験者で、宏斗さんの150km/hを超えるストレートを今も捕球できるほどの腕前を持ちます。
送り迎えや練習のサポートはもちろん、中学時代に全国大会でサヨナラ負けをしたとき、父がかけた言葉が残っています。
「全国で、サヨナラで負ける悔しさは自分にしか分からないもの。この経験を無駄にせず高校で生かそう」
引用元:スポーツナビ
叱るのでも慰めるのでもなく、悔しさを次へのエネルギーに変える言葉をかけた父親の存在が、宏斗さんのメンタルを形成したのかもしれません。
母・尚美さんは食事面のサポートのほか、勉強や生活態度にも厳しく接した存在です。
「野球は食べる、寝るのと同じぐらい当たり前のものだったんじゃないかな」
引用元:中日スポーツ
英語も水泳もすぐ辞めた息子が、野球だけは一度も辞めたいと言わなかった。
その事実が、宏斗さんにとって野球がどれだけ自然な存在であったかを物語っています。
WBCで侍ジャパンのマウンドに立つ高橋宏斗さんの投球には、リビングの電球を割り続けた幼少期から、兄の背中を追いかけた少年時代、慶應不合格というどんでん返し、そして義理人情の厚い人間性まで、たくさんの積み重ねが詰まっていますよね。
開幕は3月5日‼今から高橋宏斗さの活躍が楽しみです。
同じくWBC代表の金丸夢斗さんの父親も、野球と仕事を掛け持ちしてきた異色の経歴の持ち主です。
甲子園審判員として息子の投球をマスク越しに見た父親の話、読むとジ~ンとします!

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父親の存在が野球人生を変えたのは宏斗さんだけではありません。
阪神の森下翔太さんも、毎日野球日記をつけ続けた父と2kgの特大弁当を作り続けた母に育てられた選手です!
