元乃木坂46の和田まあやさんが4月13日、インスタグラムで結婚を発表しました。
乃木坂46の1期生として、天然でおバカなキャラクターで、メンバーやスタッフから「愛されまあや」と呼ばれてきた一方で、ファンの間では「グループ内でも特に人気がない」と長らく語られてきたとか。
握手会の完売数、11年でたった2回という選抜入りの少なさ、2017年の文春報道への関与疑惑…
こうした情報が重なって「不人気」のイメージが定着していったのは事実です。ただ、それぞれの中身を見ていくと、単純な「ファンに嫌われたアイドル」とはまた違う姿が見えてきます。
当時どんな声が出ていたのか、文春報道の実際の中身はどういうものだったのか。順を追って整理してみました。
和田まあやが不人気と言われた理由はなぜ?
ネット上では、握手会の完売状況の低さ、11年間で2度しかなかった選抜入り、2017年の文春報道への巻き込まれ、まとめブログでの「グループ内ワースト」的な見出し、この4つが不人気の根拠として繰り返し取り上げられてきました。
これらが積み重なって「不人気メンバー」というイメージが形成されたのは事実ですが、それぞれの中身を見ていくと、数字だけが一人歩きしている部分も少なくありません。
11年間居続けた1期生という文脈
和田まあやさんは、齋藤飛鳥さんと同学年の98年組。中学1年生の13歳でグループに加入し、2022年の卒業まで1期生として在籍し続けました。乃木坂の競争が最も激しかった時代を最初から経験し、そのまま11年間走り続けた1期生のひとりです。そのキャリアの長さと目立った数字の少なさが対比されることで「不人気」という評価が際立ちやすかった側面があります。長く残っていたぶん、数字の差も可視化されやすかったとも言えます。
和田まあや不人気の根拠として握手会データがよく使われた理由
乃木坂46のファンコミュニティでは、握手会の完売速度がメンバーの人気を測る指標として広く使われていました。個人ブログやファンサイトで完売データを並べてメンバーの人気を比較するコンテンツが多く出回っており、そこで和田まあやさんの名前が下位に出てくることが続いていました。
調べてみると、22ndシングルの時点で和田さんの握手会割り当て枠は10という数字が記録されており、これはグループ内でも最も少ない水準のひとつでした。そもそもの割り当て自体が少ないことは運営側からの評価の低さとして語られることが多く、「推されていない」という見方に直結していました。
ただ、ここには構造上の問題があって、乃木坂46では選抜落ちのメンバーは握手会枠も少なく設定される仕組みでした。「不人気だから選抜に入れない」のか「選抜に入れないから枠も少ない」のか、正直切り分けが難しい。それでも可視化された数字がまとめブログで何度も取り上げられたことで、「グループ内最低クラスの人気」という見方が定着していきました。
11年で選抜はわずか2回 それでも卒業まで残れた理由
和田まあやさんの11年間での選抜入りは実質2回です。初選抜は2014年の8thシングル「気づいたら片想い」、次が2020年の25thシングル「しあわせの保護色」で、約6年のブランクがあります。
しかもこの2回にはそれぞれ事情があって、初選抜はいわゆる「思い出選抜」と呼ばれるもの。2度目は白石麻衣さんの卒業に合わせて1期生全員が選抜に入ったタイミングでした。純粋に人気や実力で勝ち取ったとは見なされにくい文脈で、当時のファンの間でも「どちらも外的な要因」という見方は共通認識としてありました。
グループのカラーとの相性という面でも、明るく天真爛漫でテンション高めの和田さんの個性が「清楚で儚げ」という乃木坂のイメージとはかみ合いにくかったという指摘も根強くありました。嫌われていたというより、向いているフィールドが違ったという方が正確かもしれません。なお、選抜入りの少なさには、生まれてすぐに患った難病への健康面の配慮があったとも言われており、卒業ライブのスピーチで本人が初めてその話を明かしています。
和田まあやが不人気と言われたのは文春報道の影響も大きい?
「和田まあや 不人気」で検索すると、必ずといっていいほど出てくるのが2017年の文春報道です。ここは実際に起きたこととネット上の印象の間にかなりズレがある部分なので、経緯をきちんと整理しておきます。
起点は川村真洋のスキャンダル
2017年1月25日の文春砲Live配信で、乃木坂46の川村真洋さん(当時20歳)のお泊まり熱愛が報じられました。相手はキャバクラのスカウトマンで、交際は男性側が認めています。記事内では「同席していたメンバー『W』が存在する」という予告が入り、続報への注目が集まりました。
「W」が和田まあやと判明した2月の報道
2月2日発売の週刊文春の続報で、「W」の正体が和田まあやさん(当時18歳)であることが明らかになりました。川村さんと男性の自宅への複数回のお泊まりを確認した記事で、和田さんは同日にカフェやカラオケへ一緒に出かけた目撃証言と、自身のブログの記述が照合されるかたちで「同席メンバー」として登場しています。
つまり、和田さん自身の恋愛スキャンダルとして報じられたわけではなく、川村さんの報道の中に同席者として名前が出た形でした。運営からの処分はなく、川村さんはその後グループを卒業。和田さんはそのまま活動を継続しています。
ネット上では同席したこと自体への批判的な反応もあれば、「川村は卒業でも和田には残ってほしい」という声も見られ、反応は割れていました。ただ「文春に名前が出たメンバー」という印象だけが広まったことで、もともとあった不人気イメージをさらに強める方向に働いたのは確かです。
不人気だったのか 数字でそう見えやすかっただけなのか
ここまで整理してみると、「嫌われていたから不人気」というより「数字が可視化されやすい構造の中で、下位に見えやすかった」という面の方が強い気がしてきます。
乃木坂工事中の「頭NO王選手権」初代王者、「内輪ウケモノマネ選手権」2連覇。共演した芸人たちからの評判は一貫して良く、バナナマンの設楽統さんが「まあやはどこに出しても恥ずかしくない」と評したことは乃木坂ファンの間でよく知られています。選抜の少なさとはまったく別の軸で、確かな存在感を持っていた人でした。
卒業後も動きは止まっていません。
昨年12月にアイドルグループ・乃木坂46を卒業した和田まあやが、会社を設立し、代表取締役に就任したことが分かった。
引用元:クランクイン!
ラストステージからわずか20日後には会社の登記を済ませており、2024年からはアイドルプロデュースにも乗り出しています。そして今日、メディア制作に携わっている男性との結婚を発表。白無垢姿の写真とともに「これからも私らしく、一歩一歩進んでいきます」とつづりました。
握手会の枠数や選抜回数だけを見れば「不人気」という結論になりやすい。でもそれが和田まあやさんという人のすべてかというと、明らかにそうではなかった。今日の結婚報告でその名前を改めて調べた人は、意外とそのことに気づくかもしれません。