2025年12月23日、女優・波瑠さんとの結婚を発表した俳優・高杉真宙さん。
そんな高杉真宙さんの人柄の良さや礼儀正しさは、幼少期からの家族の影響が大きいと言われています。
華やかな芸能界で活躍する高杉真宙さんを育てたご両親は、一体どのような方々なのでしょうか?
この記事では、高杉真宙さんの福岡県で3人の男の子を育てあげたご両親や家族構成、そして最近明らかになった母親との悲しい別れについて調査しました。

高杉真宙は両親と弟2人の5人家族

■高杉真宙(たかすぎまひろ)
■1996年7月4日生/29歳
※2025年現在
■福岡県出身
■俳優
■妻・波瑠(2025年12月~)
高杉真宙さんは福岡県出身で、ご両親と2人の弟との5人家族で育ちました。
高杉真宙さんは当時の様子をこのように振り返っています。
「両親と弟2人の5人家族です。年齢が近かったこともあり互いに呼び捨てで、取っ組み合いのケンカに明け暮れる毎日でした」
引用元:日本経済新聞
弟さんは1歳年下と4歳年下の2人で、やんちゃな男3人兄弟として育ったようです。
高杉真宙さんが長男として、賑やかな家庭環境の中で幼少期を過ごしていたことがうかがえますね。
ご両親はいずれも一般の方で、詳しい職業や名前などは公表されていません。
しかし、中学2年生という若さで単身上京した息子の高杉真宙さんを支え続けた、温かい家庭であったことは間違いないようです。
高杉真宙の母親はパワフルで優しい

高杉真宙さんの母親は、3人の男の子を仕事をしながら育て上げた、パワフルな女性だったと伝えられています。
「高杉には2人の弟がおり、やんちゃな男兄弟3人を仕事をしながら育ててくれた母には特別な感謝の思いがあり、周囲によると『中学時代に上京してから仕事がうまくいかずに悩んでいた時も、いつも電話で励ましてくれたのがお母さんだった』という。」
引用元:スポーツニッポン
遠く離れた東京で俳優として奮闘する息子を、電話越しに励まし続けた母親の深い愛情が感じられます。
2、3年目だったと思います、仕事がうまくいかず母に電話をしました。相談ではなく、不平不満、愚痴をぶつけました。黙って話を聞いていた母は『あなたには帰る場所があるでしょう』とひとこと」
引用元:日本経済新聞
特に思春期の多感な時期に単身上京した高杉真宙さんにとって、母親からの励ましの言葉がどれほど心の支えになったことでしょう。
また、日本経済新聞のインタビューでは、高杉真宙さんが母親から「甘える勇気」を学んだというエピソードも紹介されており、母親は息子に寄り添う優しい存在だったようです。
ときには悩むことも必要ですが、誰かに助けを求めることは悪いことではない。答えが出なくても話をすることでスッキリした気持ちになります。母は甘える勇気を教えてくれました」
引用元:日本経済新聞
仕事と子育てを両立しながら3人の息子を育てあげた母親の姿は、本当にたくましく温かいですね。
結婚直後に訪れた最愛の母との悲しい別れ
ところが、2025年12月には悲しい知らせが報じられました。
高杉真宙さんは妻・波瑠さんとの結婚直後に、最愛の母親を病気で亡くしていたのです。
「高杉は今月の結婚直後に、故郷の福岡県に住む最愛の母親を病気で亡くしていた。悲しみに暮れる中、支えてくれたのが波瑠だったという。」
引用元:スポーツニッポン
人生の大きな節目である結婚と、最愛の母親との別れという悲しい出来事が重なったことは、高杉真宙さんにとって計り知れない心の痛みだったことでしょう。
同記事によれば、身内だけで結婚式を挙げたのも、病床から駆け付けることはできなかったものの母親にその姿を見せてあげたかったためとみられています。
息子の幸せな姿を見届けたかったであろう母親の思いと、母親に花嫁姿を見せたかった高杉真宙さんの思いが交錯し、胸が締め付けられるようなエピソードです。

高杉真宙の父親は口数の少ない寡黙な人

一方、父親についての具体的な情報は母親に比べると少なめですが、いくつかのエピソードが伝えられています。
日本経済新聞のインタビューでは、高杉真宙さんは「父は寡黙な人でしたが、母は逆でよく話をしてくれた」といったニュアンスの発言をしており、父親は口数の少ない落ち着いたタイプの方だったようです。
また、ご両親の教育方針については「放任でもなく自由に育ててもらった」と高杉真宙さん自身が明かしており、子どもの決断を信頼して見守るスタイルだったことが分かります。
怒られたことはなく、細かいことはとやかく言われたことはなかったそうですが、礼儀作法は厳しく教えられたそうです。
にぎやかというよりは騒々しく、両親も大変だったろうと。でも、怒られたことはなく、細かいことはとやかく言いませんでした。その分、食事時のマナーやあいさつ、言葉遣いなど礼儀作法には厳しかった」
引用元:日本経済新聞
中学2年生という若さでの上京を許可したのも、息子の夢を応援したいという両親の思いがあったからでしょう。
父親と母親が協力しながら、3人の息子たちをそれぞれの道に進ませてあげられる環境を作っていたことがうかがえますね。
中学2年で単身上京した息子を支えた両親

高杉真宙さんは小学6年生の時に福岡の花火大会で女の子に間違われてスカウトされ、中学2年生で単身上京しました。
2021年12月に放送された「A-Studio+」では、高杉真宙さんの母親と弟たちが取材を受けており、その中で興味深いエピソードが明かされています。
「中学2年生で単身上京後、事務所の寮に入った高杉は当時から家族とあまり連絡を取らない関係だという。高杉の母によると『荷物を送りたいけど住所を教えてくれないから送れない』。」
引用元:スポーツニッポン
若くして家族と離れて生活することで、高杉真宙さんは早くから自立心を養っていったのでしょう。
連絡をあまり取らない息子を心配しながらも、その選択を尊重していた両親の姿勢が感じられますね。
高杉真宙と弟たちとの関係

高杉真宙さんと弟たちとの関係も、少し独特なものだったようです。
「2年くらい前なんですけど、弟と僕初めて末っ子と2人で食事行ったんですよ。僕から誘って、初めて弟と2人で食べるご飯ってどうしたらいいんだろう、何しゃべったらいいんだろうと思って緊張したのを覚えてますね」
引用元:スポーツニッポン
中学時代に家を出てからそれぞれの時間を過ごしてきた兄弟たちが、大人になってから改めて距離を縮めていく様子は、なんだか微笑ましく感じられますね。
家族を大好きだと言いながらも、長い間離れて暮らしていたために、どう接したらいいか分からなくなってしまう——そんな正直な気持ちを語る高杉真宙さんの姿に、誠実な人柄が表れているように思います。

結婚という幸せな節目に最愛の母親を亡くされたことは本当に悲しいことですが、母親から学んだ「甘える勇気」や家族への愛情は、これからの高杉真宙さんの人生を豊かにしてくれることでしょう。
これからも高杉真宙さんの活躍を応援していきたいですね!




